GXリーグの取り組み成果報告とともに今後の活動を展望〜GXリーグ シンポジウム 2023 開催レポート【第2部】〜

2023.03.14

2023年2月14日(火) GXリーグ シンポジウム 2023


2023年2月14日に開催された「GXリーグ シンポジウム2023」では、2月10日に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」を踏まえて、「成長志向型カーボンプライシング構想」における「GXリーグにおける排出量取引(GX-ETS)」の位置づけや、官民共創のルールメイキングなどの取り組みを紹介。さらに海外の有識者の基調講演や企業経営者によるパネルディスカッションなども交えて、GXリーグの今後の活動を展望しました。

当日は会場のイイノホール(東京・霞ヶ関)に多くの参加者が訪れたほか、YouTube LIVEでライブ配信され、広くご覧いただく機会となりました。本記事では、第2部の模様をレポートします。
第1部第3部のレポートはこちらへ


海外の有識者のGXに対する視点と、GXリーグの活動などを紹介する第2部。冒頭では、WBCSDのドミニク・ウォーレイ氏と政治戦略家のトム・リヴェット=カルナック氏がビデオメッセージを寄せました。

基調講演① 国際的な気候変動関連の取組と開示

WBCSD エグゼクティブ・バイス・プレジデント ドミニク・ウォーレイ氏

ドミニク・ウォーレイ氏による基調講演の様子

新しい段階を迎えた温室効果ガス排出ネットゼロへの移行
温室効果ガス排出ネットゼロへの移行は、新しい段階に入りました。これまでのように、企業は自らの直接削減目標だけに責任を負えばいいのではなく、地球の気温上昇を制限するために、政府や金融機関などとともに、社会の温室効果ガス排出ネットゼロに協力しなければならなくなりました。政府の規制当局は説明責任を重視するようになり、企業はバリューチェーン全体の排出量ネットゼロに向けて、目標設定を要求されるようになったのです。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、企業にScope1と2に加えて、Scope3の排出量の開示を要求するようになりました。欧州委員会の「企業サステナビリティ報告」では、企業は、「1.5℃シナリオ」のもとでの排出量ネットゼロへの移行計画を開示しなければならないとあります。しかし、企業の社会への貢献はどのように評価されるのでしょうか。例えば、ある企業が温室効果ガス排出量を計上する仕組みをつくり、排出量ネットゼロへの移行計画を決め、進捗について開示したとします。加えて、ソーラーパネルや低炭素排出空調システムの製造を決定し、ディーゼル空調の使用をやめることにしました。その貢献はどうやって測定され、どのように評価されるのでしょうか。

■排出量削減に重要な役割を果たす企業のソリューション
政府や企業、メディア、NGOに対する各国国民の信頼度を調べた「2023 エデルマン・トラストバロメーター」によると、グローバルに信頼を得ているのは企業であり、その結果は、ソリューションについて語ることができるのは企業だけであることを示しています。そして、そのソリューションこそが、脱炭素をグローバルに行う上で重要なのです。2050年までに排出量ネットゼロを実現するには、企業は自社の排出量削減に取り組むだけでは不十分で、低炭素やゼロエミッションのソリューションの「研究者」になる必要があります。そこでWBCSDとメンバー企業は、専門家のアドバイザリーグループであるネットゼロイニシアティブと一緒に、企業のソリューションが脱炭素にどの程度の影響をもたらしたのかを、一貫した基準で評価する枠組みを規定する作業を開始しました。排出削減貢献量は、用語としては以前から知られていましたが、ガイドラインはまだありません。つまり、企業が主張する脱炭素への貢献が信頼性のあるものなのか、サステナブル製品が本当にそうなのかを一貫した基準で測ることができないのです。WBCSDでは、信頼性のある脱炭素戦略を推進するためには標準化が重要と認識しています。

■WBCSDが策定を進めている「排出削減貢献量の評価のガイドライン」
WBCSDでは、日本の日立やパナソニック、マイクロソフトやアマゾン、シーメンスなど、40社以上の参加を得て、排出削減貢献量の評価のガイドラインを策定しました。このガイドラインが日本だけでなく世界中で関心を集めているということは、気候変動対策において、いかに重要なトピックであるかということの証左です。関心を集めているのは、排出削減貢献量の計算によって、社会に対する貢献について、ベースラインのシナリオと、より低炭素なソリューションとの違いを、企業が予見できるようになるからです。そうなると、もっとも脱炭素化効果の大きいマーケットにおいて、そうしたソリューションや商品を展開できるチャンスが生まれます。例えば、PV(太陽光発電)を用いて、エネルギー製品をゼロエミッションで製造しても、すでにPVが普及していればインパクトは限定的でしょう。しかし、化石燃料に依存しているマーケットであれば、インパクトは大きいものになるはずです。また、途上国などで灌漑用水をディーゼル発電機で汲み上げているのを、太陽光ポンプに替えたらどうでしょう。非常に大きな差が生まれるに違いありません。こういった類いの予見や知識を排出削減貢献量の評価が与えてくれ、排出削減貢献量の評価が戦略的ツールになって、製品をどのマーケットに投入するかの判断の基準になるわけです。現在のベースラインとの差がわかれば、2030年までの脱炭素化のペースもグンと加速するでしょう。

■ガイドラインが重視する「妥当性」「算定方法」「数値の報告」
ガイドラインにはやはり明確で堅牢な基準が必要で、ハードルを高く設定することも重要です。ガイドラインについては5つのポイントを設けています。最初のポイントでは、ガイドラインの読者が削減貢献量に関して共通の認識を持つために定義づけとその背景を説明しています。2番目のポイントとして、企業だけでなく政府や金融機関がいかに削減貢献量を戦略的に活用できるか示しました。3番目は妥当性です。妥当性を満たす適格基準を3つ定義しました。ひとつが、それぞれの国において気候影響低減戦略を持つということ。ふたつ目が、排出削減貢献量のソリューションが「1.5℃シナリオ」に合致していること。3つ目が、直接脱炭素効果があること。以上の基準を満たさないと、排出削減貢献量を主張することはできません。4番目のポイントは、既存の基準をもとに削減貢献量を算出する算定方法です。5番目が算出した排出削減貢献量の数値を報告・発信する際のベストプラクティスです。「妥当性」「算定方法」「数値の報告」の重要性を強調したいと思います。

■さまざまな可能性と好循環を生む排出削減貢献量の評価
排出削減貢献量の評価を信頼性があり、一貫性のある形で利用することができれば、3つのブレークスルーが達成できるでしょう。まず、多くのイノベーションを触発することができます。2つ目に、スケールアップのチャンスをつかむことができます。低炭素サービスが行き渡っていないマーケットで、チャンスをつかみ取ることができるということです。3つ目に、企業が説明責任を果たし、「1.5℃シナリオ」に対する貢献を立証することが可能になると、企業と政府がパートナーシップを組んで結束することができ、国別の排出削減目標に進むことができます。排出削減貢献量の評価の仕組みを活用することによって、さまざまな可能性が生まれ、好循環が生まれます。排出削減貢献量を評価する枠組みができ、企業が説明責任を果たせると、「1.5℃シナリオ」を機会としてとらえられるようになり、資本の再配分が生じます。脱炭素のソリューションをもたらすプロジェクトに資金が集まるわけです。一方、消費者は賢い購買決定ができ、こうしたソリューションをもっと要求するようになります。そして、もっとも重要なことは、排出削減貢献量の評価に関する情報を政府の政策決定者に提供することによって、正しいインセンティブができて、さらなる脱炭素の進展・普及につながるということです。

■G7広島サミットで提案したい排出削減貢献量の評価の枠組み
WBCSDでは、経済産業省やメンバー企業と一緒に、排出削減貢献量の評価の枠組みを今年のG7広島サミットに提案したいと考えています。できるだけ多くのステークホルダーに参加してもらうことによって、排出削減貢献量の評価の枠組みがGHGプロトコルのように取り扱ってもらえるようになると思います。それによって信頼性のある道筋ができ、イノベーションが加速するでしょう。ぜひ、あらゆるアクターにガイドラインを利用してもらい、インパクトの大きいソリューションが、もっとも必要とされる地域で展開されることを願っています。

基調講演② 脱炭素経営のグローバルスタンダード

元 国連気候変動枠組条約 政治戦略家 トム・リヴェット=カルナック氏

トム・リヴェット=カルナック氏による基調講演の様子

■気候変動に対するグローバルな取り組み状況について
グローバルに取り組まれている気候変動対策が、大きく進展したのは2015年のことです。パリで世界が画期的な合意に達したからで、パリ協定では、世界の国が、今世紀の半ばまでの温室効果ガス排出量のネットゼロに向けて目標を設定し、行動することが決められました。各国の目標に対して、実施の大部分を担うのは、もっとも多くの温室効果ガスを排出している民間部門です。政府の役割は、民間セクターの活動の「花が咲く」ように、環境や状況を整えることといえるでしょう。現在、上場している世界の大企業の3分の1が排出量ネットゼロの目標を掲げています。2年前は5分の1だったので、かなり増加しました。中小企業も含めて、2020年末までに約14000社が排出量ネットゼロの目標を設定していて、そのうち約4000社は、科学的エビデンスに基づく排出量ネットゼロの目標を設定しています。そして、グローバル企業の400社程度が、再生可能エネルギー100%の調達を約束しています。これは1年間で約14%の増加です。

■再生可能エネルギーやEVの普及などビジネス界の動向は
こうした取り組みの勢いが、気候変動対策に進展をもたらし、対策を講じるコストを押し下げています。アメリカでは、2012年から2022年にかけて、企業が契約した風力や太陽光などの再生可能エネルギーによる発電量は、毎年、平均約73%増加しています。契約の半分はテック産業が占めていて、アマゾンは2022年に8.3ギガワットの再生可能エネルギーによる電力を調達しました。これは1年間の風力・太陽光発電の購買量の新記録です。交通分野では、2030年までに電気自動車(EV)の世界シェアを50%にする必要がありますが、予想を上回る拡大が進んでいます。2021年の世界の自動車販売全体に占める電気自動車の売上は、前年の約4%から約9%へと急上昇しているのです。この拡大は中国がけん引していて、世界のEV販売台数の半分を中国が占めています。自動車業界では、モビリティの電動化というビジョンを前向きに受け入れていて、多くの自動車メーカーが、2040年までに少なくとも主要市場で、早ければ2035年までに小型車のゼロエミッション化をすることを公約として掲げています。まさに今が転換期といえるでしょう。VOLVOの最高技術責任者が「エンジン搭載車に長期的な未来はない」と発言していますし、全米アカデミーズは「2025年から2035年までの10年間で、自動車100年の歴史が根本から変わる可能性がある」と指摘しています。EVへの移行が目の前まで迫っているということです。
また、GXリーグの目的のひとつでもあると思いますが、グリーンマーケットをつくり出そうという企業グループも増えています。そのひとつが「ファースト・ムーバーズ・コアリション」です。重工業や長距離輸送部門の脱炭素化を行っている企業グループで、120億ドルのコミットメントをグリーンテクノロジーに対して行うとしています。このような資金調達コミットメントは技術革新に拍車をかけ、新しい技術のスケールアップにつながります。企業間だけでなく、都市とのパートナーシップで共同行動を推進しようという動きもあります。

■気候変動対策の強化に動くアメリカやEUなどの規制当局
このような民間セクターの勢いが逆に、政府の野心やコミットメントを高めることにつながっています。私たちはこれを「Ambition Loop」と呼んでいます。政府がシグナルを送り、それによって企業が早く行動することができて、コスト競争力などのソリューションが実現して経済状況が変わり、それによって政府もステップアップして、さらにペースを加速するというものです。この1年の主要なものには、2023年の初めにバイデン米大統領が署名した「米国インフレ削減法」があります。今後、数十億ドルが投入され、クリーン経済が刺激され、加速すると考えられていて、それによって、アメリカは、国際的に約束した気候変動対策の目標に手が届くところまで来るでしょう。また、EUから出てきた「グリーンディール」や、2021年に欧州委員会が発表した「Fit For 55」の取り組みパッケージは、炭素価格のない地域からの特定分野の輸入品に対してコストを適用しようというものです。アメリカでも同様の改革が考えられています。
こうした取り組みが示すのは、どのような企業や国であれ、グローバル市場への参加を望むのであれば、野心的な目標を設定し、強力な行動を起こす以外に選択肢はないということです。規制の強化によって企業の野心が刺激されるもうひとつの例として、「気候変動報告書の義務化」があります。2022年にはアメリカ、イギリス、カナダ、EUの規制当局が、環境、社会、ガバナンスの「ESG報告基準」を強化する動きを起こし、基準設定期間も改善するという声を上げています。

■日本は企業の気候関連財務情報の開示のリーダー的存在
こうした動きを受けて、企業は今や、気候変動に関する開示要件を守らなければ、投資家を引きつけられなくなっています。そして、他の国や地域も新たな報告基準を採用することが予想されているのです。ベルギー、カナダ、チリ、フランス、日本、ニュージーランド、スウェーデン、イギリスは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に従った財務状況の開示を要求するにあたり、以前よりさらに踏み込んだ開示要件を示しています。アメリカは、証券取引委員会が提案した規則に従うことになります。気候変動危機は企業のリスクになることであり、規則では、企業に自社の温室効果ガス排出量と見通しを、気候変動との関連から開示することを求めています。世界最大の投資家であるブラックロックなどが、規則への支持を表明しています。企業の気候関連財務情報の開示に関して、日本はリーダー的存在です。開示のカバレッジおよび質において、日本は世界で2番目のランクを誇ります。TCFDを支持している世界約3400社の企業のうち、843社は日本に置いているのです。

■この10年の取組が人類と地球の存続を決定する
現在、私たちは人類の歴史でもっとも重要な10年のさなかにいます。珊瑚礁や熱帯、氷河、そして人類の繁栄が、50年後、500年後、50万年後にも存続し続けるか否かは、この10年に私たちが何をするかにかかっています。私たちは温室効果ガスの排出を2020年のレベルから2030年には50%削減しなければなりません。地球温暖化を1.5℃以内におさめるために必要な取り組みであり、さまざまな努力が払われているにもかかわらず、排出量は増加することが見込まれています。これだけ努力を払っても、私たちはあるべき姿からほど遠いところにあるのです。警戒心を覚えなければならない状況ですが、まだ打つ手があります。変革を加速させ、ポジティブな転換点となるもので、それはビジネス界と政府との密接な協力からつくられます。例えば、2030年に向けて化石燃料の使用を終わらせることを、官民一体となってスケールアップさせることで、バッテリーのコストが下がり、風力や太陽光の利用がさらに加速されます。蓄電などの問題は、バッテリーのコストが下がることでほとんど解決され、消費者のエネルギーコストの削減にもつながるでしょう。ヒートポンプの効果と人気も高まることになります。

■勇気と決意、コミットメントと総意を持って気候変動対策を
GXリーグのみなさんはぜひ、こうした官民連携の協調的なアクションを考えてください。みなさんのアライアンスは、協調的なアクションに適したものですから、取り組みを急速に加速させることができると思います。2023年の12月には、ドバイでCOP28が開催され、世界は再度一堂に会して、気候変動危機への対応を加速させることになります。そして、初めてパリ協定からの各国の取り組み実績が報告されることになっています。その内容は、あるべき姿からほど遠いものになるでしょう。しかし、それでも私たちは勇気と決意、コミットメントと総意を持って、この問題に取り組み、協力し合うことによってポジティブな転換点を生み出さなければなりません。それによって新しい市場と富をつくり、人々のニーズも満たして、温室効果ガスの排出量の少ない炭素効率の高い未来を築かなければならないのです。

GXスタジオシンポジウムバージョン

本シンポジウムでは、「GXスタジオ」の特別バージョンとして、賛同企業や事務局メンバーが2022年度のGXリーグの取り組みを振り返りました。

GXリーグの3つの取組について

経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長 梶川文博氏

経済産業省の梶川文博氏による活動報告

■これまでの歩み
「2020年10月の当時の菅総理大臣の『2050年カーボンニュートラル宣言』が直接的なスタートになりますが、それ以前の2018年から2020年にかけて、温室効果ガス削減の長期的な目標などについて議論を進めていました。宣言を受けて12月に『グリーン成長戦略』をまとめましたが、菅総理大臣から『成長に資するカーボンプライシングの検討』の指示があったことから、経済産業省の研究会で議論を開始し、2021年8月に中間整理としてカーボンクレジット市場の創設とCNトップリーグ構想(仮称)を提言。12月に研究会として『GXリーグ基本構想』をまとめたわけです。そして2022年2月に『GXリーグ基本構想』を発表し、約440社から賛同を得ました。6月に活動をキックオフし、『未来像の策定』や『GX経営促進ワーキング・グループ』の活動を順次開始しました。一方で、投資のために中長期の政策ロードマップを示してほしいとの意見が多かったので、7月に官邸の『GX実行会議』の中で、今後10年のロードマップをつくる議論も始まりました。9月にはGX-ETSの議論が始まり、12月に官邸が『GX基本方針』をとりまとめて、2023年2月10日に『GX基本方針』と『GX推進法案』が閣議決定されました。そして、4月以降にGXリーグが本格活動を始めるというのが、ここまでの歩みです」

■GXリーグの概要
GXリーグは、カーボンニュートラルへの移行に向けた挑戦を果敢に行い、国際ビジネスで勝てる企業群がGXをけん引する枠組みです。GXリーグ基本構想では3つを目指すべき柱を提示しています。①企業が世界に貢献するためのリーダーシップのあり方を示す。②GXとインベーションを両立し、いち早く移行の挑戦・実践をした者が、生活者に選ばれ、適切に儲ける仕組みをつくる。これには官民でのルールメイキングなどが大切です。③企業のGX投資が、金融市場、労働市場、市民社会から、応援される仕組みをつくる。そのためには企業の活動を見える化し、適切に評価されることが必要で、その仕組みづくりを議論しなければなりません。GXリーグでは、自主的な排出量取引(GX-ETS)、市場創造のためのルール形成、ビジネス機会の創発を活動の3つの柱とし、そこにさまざまな企業がコラボレーションする場であるGXスタジオを加えて、4つの活動を進めています」

■GX推進法の概要
GX実現に向けて世界的な投資競争が加速する中で、日本が国際公約と産業競争力の強化と経済成長を同時に実現するには、今後の10年間で150兆円を超える投資が必要というのが、法案の背景です。『GX推進戦略』の策定と実行、『GX移行債』の発行、『成長志向型カーボンプライシング』の導入、『GX推進機構』の設立、『進捗評価と必要な見直し』の法定を行うとしています。『成長志向型カーボンプライシング』は炭素に値づけすることで、GX関連商品やサービスの収益性を高めるもの。炭素に対する賦課金と排出量取引制度があります。GX推進機構は、化石燃料賦課金や特定事業者負担金の徴収、排出量取引制度の運営のほか、民間企業のGX投資の支援として、債務保証などの金融支援を行います。GXは不確実な部分があるので、投資の状況などを踏まえて必要な見直しを行うとともに、化石燃料賦課金や排出量取引制度に関する詳細な制度設計について、この法律の施行後2年以内に、必要な法制上の措置を行います。政策については官民での議論が必要なので、ぜひ、GXリーグに参画してほしいと思います」

GX経営促進ワーキング・グループについて

野村ホールディングスサステナビリティ推進室ヴァイスプレジデント 濟木ゆかり氏

野村ホールディングスの濟木ゆかり氏による活動報告

■GX経営促進ワーキング・グループとは
「GX経営促進ワーキング・グループは、GXリーグの『市場創造のためのルール形成』の取り組みの一つとして立ち上げられたもので、野村ホールディングスなど6社のリーダー企業と73社のメンバー企業が参加しています。製造業、総合商社、金融など、あらゆるセクターから高い関心を持った企業が幅広く参加しています。世界全体のカーボンニュートラルの実現に向けて、企業が持つ気候変動への貢献面である『機会』、つまり、市場に提供する製品やサービスによる温室効果ガスの排出削減などを通じて、企業価値向上に資する取り組みが、適切に評価される仕組みを構築することが目的です。GX経営促進ワーキング・グループが目指しているのは、将来的な官民でのルール形成を見据えて、企業による気候変動に関する機会について、①概念、②想定される項目、③開示における留意点などを整理したガイダンスの公表です。ワーキング・グループで作成するガイダンスなどを、積極的に国際社会へ発信することで、国内外の機関投資家などによる企業評価への浸透も目指しています」

■現状の気候変動に関する評価
「気候変動による評価というと、GHG排出量などの『リスク』面にフォーカスされているのが実情です。企業は温室効果ガスネットゼロの目標を掲げ、いかに自社の排出量を削減するかというところに労力とコストを割いています。新興国や途上国では、今後も人口増加が見込まれ、経済も発展するでしょうから、排出量の削減だけでは脱炭素社会を目指すのは難しいといえます。脱炭素社会の達成には、脱炭素化に貢献する省エネ製品を積極的に開発して普及させることが必要ですが、そういったものを売れば売るほど、製造業のScope3排出量は増加してしまう可能性があります。特に省エネ型の商品の普及が必要な新興国や途上国は、計算に用いるGHGの排出係数が先進国に比べて大きいので、換算したときにScope3排出量がさらに大きくなってしまいます。このままでは脱炭素社会の実現が難しいので、努力している企業の『機会』面も評価して、投資につなげていく仕組みが必要なのです。CDPが、世界の大企業500社を対象に2018年に実施した調査によると、215社がリスクによってもたらされる財務影響について回答していますが、それを上回る225社が機会によってもたらされる財務影響について回答しています。集計結果によると、リスクによって受ける財務影響は9,700億USドルとなった一方、機会によってもたらされる財務影響は2.1兆USドルで、リスクによるコストよりも、機会によってもたらされる利益の方がはるかに大きいと認識されています」

■機会の評価・開示の普及のために
「気候関連機会の評価・開示を普及させるために、ワーキング・グループでは次の4点に取り組んでいます。まず、金融機関や評価機関、事業会社などが参加している業界横断型のワーキング・グループという特性を生かし、企業と、評価する金融機関や投資家の間において、気候関連機会の開示について、どのような課題があるかを積極的に議論しました。金融機関からは、何をどのように開示すれば、評価につなげやすいかという点を挙げてもらい、共有しました。改善してほしい点として、例えば削減貢献量であれば、開示場所が企業によって異なるので見つけにくい、『削減貢献量』以外の独自の用語を使うと検索しにくいといった意見が挙がりました。また、削減貢献量をすでに評価に組み込んだり、レポートを出していたりする金融機関に、外部講師としてレクチャーを行ってもらいました。シンガポール政府投資公社(GIC)と共同で削減貢献量に関するレポートを出しているシュローダー・インベスト・マネジメント、日本企業を評価するESGスコアに削減貢献量を加味している野村アセットマネジメントが、これまで講師として話をしています。次に行ったのが、気候関連機会に関する概念や評価項目などの整理です。概念の整理に加えて、機会を評価することの重要性、大義について整理しました。機会として想定される項目については、議論した結果、脱炭素に貢献する投資額や特許数、グリーン収益、削減貢献量、リサイクル素材の利用率の5つに整理しました。そして、気候関連機会について、想定される項目を開示するにあたって、何を開示すべきか、何が開示できるのかを議論しました。現時点での各企業の取り組み状況はさまざまなので、開示にあたり、留意すべき内容を整理しています。最後は、今後の取り組みになりますが、気候関連機会のガイダンスを作成し、国内外へ発信することで、その重要性について国際社会に伝えたいと考えています。その際には、WBCSDが2023年3月に公表予定の削減貢献量ガイダンスのように、すでにある国際的なガイダンスと連携を図り、整合性に留意します」

■成果物となる気候関連機会ガイダンス
「2023年度末の公表を目指してガイダンスを作成中です。その目的はワーキング・グループの目的と重なりますが、企業の機会面が適切に評価される仕組みを構築することです。第1章で気候関連機会の定義や大義などについて整理し、第2章ではワーキング・グループ内で最も関心の高かった削減貢献量を取り上げています。ガイダンスでは、企業の取り組みについての開示や評価を行うにあたって、最低限認識すべき事項の整理を考えています。想定読者は、気候関連の機会を開示している、あるいは検討している企業や、気候関連の機会を評価している、あるいは検討している金融機関や評価会社です。なお、第2章で取り上げる、削減貢献量を開示するにあたっての考え方/指針は、あくまでもベストプラクティスや考え方を示したものです。開示できる企業を増やして今後の普及につなげたいので、記載内容については工夫したいと考えています。また、用語集を充実させることや、なるべく平易な言葉で作成することにも留意しています」

■削減貢献量の普及に向けたロードマップ
「削減貢献量の開示や評価はまだまだ道半ばで、私たちのガイダンスは、第一段階に位置づけられる重要性の認知向上を目的としたものです。その後のさらなる普及については、国際団体などによる算定方法の標準化などを通じた市場の整備が必要になると思います。そして企業の開示が拡大し、金融機関や評価会社が行う企業評価に加味されていくことが望ましいです」

■目指す社会とは
「省エネルギー製品やサービスの開発・普及を通じて、社会の温室効果ガスの排出量削減に貢献している企業が、削減貢献量などの機会面を開示することで、投資家から評価され、投資されて、さらなるイノベーションへとつながる、そのような正のスパイラルを目指したいと考えています。企業が自社の温室効果ガスの排出量削減に取り組むだけでなく、気候変動にチャレンジしてビジネス機会としていくような取組みをサポートすることで、受け身ではなく、積極的に気候変動に立ち向かう社会を、本ワーキング・グループの活動を通じて目指したいと思います」

濟木氏は野村グループの取り組みも紹介し、リスクと機会のどちらかにフォーカスするのではなく、両輪として取り組みを進めていて、リスク面では、2030年までに野村グループの事業所から排出しているGHG排出量のScope1、2を、2050年までに、Scope3のカテゴリー15に相当する投融資ポートフォリオのGHG排出量を、それぞれネットゼロにすることを目標に取り組んでいると説明。また、機会面では、2026年3月までの5年間で合計1,250億ドルのサステナブル・ファイナンス案件への関与を目標としていることや、野村グループの営業部門、ホールセール部門、インベストメント・マネジメント部門が連携して、多様な切り口で顧客の脱炭素社会への移行を支援していることなどを明らかにしました。

未来像策定について

GXリーグ設立準備事務局 根本かおり氏

事務局の根本かおり氏による活動報告の様子

■未来像策定とは
「GXリーグの3つの取り組みの中で、最初にとりかかったものです。2050年のカーボンニュートラルが実現したと仮定し、新しい暮らしやビジネスの機会について、対話を通じて構想し提示するものです。2050年というかなり先の不確実な未来で、誰も答えがない領域なので、自分たちがどういう未来を切り開いていきたいのかという意思に力点を置き、探索型、バックキャスト型で、生活者の思いを大切したアプローチで進めました。1社1名で公募したところ101社(名)のみなさんから応募があり、そのうち38社(名)の方に議論の進行リード役にも自主的に挙手いただきました」

■取り組みの考え方と進め方
「取り組みの前半は議論の土台となる資料を事務局が中心となってまとめ、それをもとにオンライン形式の創発ワークショップにて議論して切り口を出し、10チームがそれぞれの進行役を中心にまとめました。用いた方法論は『未来洞察』です。不確実が前提となる未来の世界において、想定できる未来だけでなく、不確実性が高い非連続な未来についても検討し、組織的に実践できるように考える方法論で、欧米やシンガポールなどでは政策立案にも活用されています。想定できる未来である『未来事象』と、意思やライフスタイルの欲求などの不確実な変化の兆しを『未来兆し』とし、両者をかけ合わせることで、カーボンニュートラルが実現した2050年の未来の暮らしやビジネスはどうなるのかを、ワークショップスタイルで模索しました」

■20の洞察と6つの事業機会
「ワークショップでの議論によって20の『洞察』が創出されました。例えば、『老人ホームが脱炭素イノベーションの拠点になる』という洞察は、全国にある既存の施設やコミュニティで、シニアが中心になって脱炭素のイノベーションの拠点になるという世界を描いたものです。その上で暮らしや価値観にどのような変化が生まれるのか、どういった商品やサービスが普及するのか、市場のプレーヤーは変わるのか、新しい技術や制度の可能性はあるのかといったことに言及しました。さらに、2050年までの中間地点にあたる2035年を想定して、シフトの方向性についても記述しています。この20の洞察をGXリーグ事務局では6つの事業機会にグルーピングしました」

■6つの事業機会と洞察例の紹介
・GXが組織活動の前提へー脱炭素価値の見える化と経済への取り込み
「『モノづくりは〝円環〞型になり、循環経済が実現する』は、すべてのものが素材レベルで再資源化され、すべてが廃棄されずに再利用される世界です。ゴミという概念がなくなった世界を描いています。そこではどのような新しい情景が広がり、経済活動が展開されるかに言及しました。『CO2排出量が経済活動の価値軸になる〝CO2経済圏〞が誕生』は、排出量の多寡が経済活動の価値として確立する世界です。それに伴って社会インフラ化を試みるサービスやプラットフォーマーが台頭し、生活基盤になるということを描いています」

・DX人材だけでなく、GX人材も育成へーGX実践力に対する評価の浸透
「『恋活もGX・〝エシカル〞が人のマッチングに影響する』は、GXとコミュニケーションが掛け合わされると、どのような化学反応が起きるかを考えたもの。結婚や出世などのライフステージにおいて、人を評価する判断基準にGXが当たり前のように入り込む世界を具体化しました。『IQのような指標として〝GQ〞が登場、善行が可視化される』では、GQ(Green Quotient)リテラシーが、人材評価において『徳』のような形でカウントされます。GQが人材評価の指標の真ん中になると見えてくるものを記述しています」

・MustのGXからWantのGXへー自由なライフスタイルと脱炭素の両立
「『モビリティがCO2を吸収し、移動することが脱炭素につながる』は、移動すればするほどGXが進む世界を描いています。観光領域では、こうした兆しがすでにありますが、それが当たり前のものになっているのです。自由で開放的な暮らしと脱炭素は両立するということを示しています。『エネルギー自産自消の進展で、〝生活を持ち運べる〞社会に』は、エネルギー源の小型化、ポータブル化、自産自消化を背景に、誰もが好きなところに、好きなときに住めるようになったと仮定したときに、GXにまつわる文脈はどう拡張していくのかについて言及しました。『〝脱炭素疲れ〞な人にストレスゼロな生活が提案される』は、脱炭素疲れという疾患が蔓延する世界で、どのようなソリューションや、プレーヤーの変化があるかを考えたもの。『〝シン・ノマド〞向けのサービス提供・事業機会が広がる』は、シン・ノマドな人のニーズに対応するサービスの中心に、GXを据えた世界を描いています。『GXとDXの融合で、個人の行動が時間と空間の制約からの解放』は、自由や解放という文脈ですべてをつなげたときに、どのようなことがいえるのかを考えています」

・CO2吸収の手段としての農業へーカーボンファーミングの進展
「農業にクローズアップしたグル-プです。『場所・時間に縛られない低炭素な農林水産支援が可能になる』は、個人によるリモート農業が普及した世界を描いていて、個人は耕作物の量に応じて回収したCO2に応じたクレジットを得ることができます。普及の過程で何が起きるのかについて考える内容になっています。『〝自然×仮想〞の〝ネオジャングルシティ〞が構築される』は、GX、自然、テクノロジーをかけ合わせたときに、新しい地域の魅力開発にはどのようなものがあるかを、〝ネオジャングルシティ〞をひとつの切り口にとらえています」

・企業主導から生活者共創へー生活者による脱炭素価値の創出
「『地域創生×GX推進を担う新職業〝GX Vitalizer〞が登場する』は、GXを通じて全国に活力を与え続ける新しいプロフェッショナルを具体化しました。GXと地域活動は関連が深いといえます。『〝国民総発電〞を実現するエネルギーインフラが生まれる』は、各家庭が自ら発電し、自由に売買を行う世界を、『エネルギー銀行』や『人間発電』などの用語を使いながら描いています」

・ハードだけでなくソフトパワーも活用へーエンタメとの融合による脱炭素の加速
「『脱炭素ゲームが流行し、〝カーボン長者〞も輩出される』はGX×娯楽、『CO2をどれだけ減らせるかを競う環境共創スポーツが登場』はGXとスポーツの連携と、それぞれ生活者が自分ごと化しやすい、あるいはイメージしやすい切り口から、脱炭素が加速した世界をとらえています」

■2023年度の取り組み方針
「未来像については、引き続き取り組みを育てるとともに、カーボンニュートラルが実現しない世界も同時に考える必要があるという指摘や、東京中心のメンバーだったため、地域の視点を強化していきたいということなども踏まえて、更新作業も行いたいと考えています。その一方で、設定した未来像をさまざまな場所で活用するやり方についても検討する予定です」

ETSについて

経済産業省 産業技術環境局 環境経済室 課長補佐 荒井次郎氏

GX-ETSの方針説明を行う経済産業省の荒井次郎氏

■GX-ETSのルール策定のプロセス
「GXリーグにおけるGX-ETSのルールについて、政府におけるカーボンプライシングの検討に携わってきた学識有識者から構成される検討会で、専門的見地からの意見をもらいながら、賛同企業との対話を重ねて、検討してきました。2022年9月から12月にかけて検討会や業種別意見交換会などを重ねるなど、対話を継続して2023年2月1日のルールの公表に至りました」

■GX-ETSの第1フェーズの概要
第1フェーズはプレッジ、実績報告、取引実施、レビューという流れになっています。プレッジでは国内直接排出(Scope1)、間接排出(Scope2)のそれぞれについて、①2030年度排出削減目標、②2025年度排出削減目標、③第1フェーズ(2023年度~2025年度)の排出削減量総計の目標を設定します。カギとなるのは目標水準を各社が自ら設定するという点です。実績報告では、国内直接排出と間接排出の排出量の実績を算定・報告します。原則として、排出量の算定結果については第三者検証が必要です。取引実績では、排出量取引の対象となるのは、国内の直接排出分のみです。排出実績が、第1フェーズの排出削減量総計の目標を上回る場合は、超過削減枠や適格カーボンクレジットの調達、もしくは未達理由の説明が必要です。他社に売却可能な超過削減枠の創出は、NDC水準を超過削減した分と設計しています。なお、制度開始時点で、2023年度のNDC水準を超過達成している場合の取扱いは、別途規定します。レビューについては、目標達成状況や取引状況は、情報開示プラットフォームである『GXダッシュボード』上で公表する予定ですが、具体的な開示のあり方については、今後参画企業との対話を通じて検討します。また、排出削減と成長の両立に果敢に取り組む多排出企業に対しては、各種支援策との連動を検討していきます」

■排出量の違いによるグループ分け
「2021年度の直接排出量が10万トン以上の参画企業を『Group G』、10万トン未満の参画企業を『Group X』と分けました。根幹部分は共通ですが、実績報告で排出量の算定結果に対する第三者検証が『Group G』は必須で『Group X』は任意、取引実施の超過削減枠の創出が『Group G』は可能で『Group X』は不可など、多少の違いを設けています。なお、『Group G』の第三者検証は、超過削減枠の創出ありの場合は、より精緻な検証が必要なことから、強度の水準が高い『合理的保証』が必要で、超過削減枠の創出がない場合は『限定的保証』となっています」

■超過削減枠と創出水準(NDC水準)の考え方
「取引の実施において、直近年度から直接・間接排出量の総量が減少し、かつ直接排出量がNDC水準を下回る場合、その分の削減価値を超過削減枠として売却可能になります。超過削減枠創出水準(NDC水準)とは、基準年度から2050年ネットゼロ達成まで、直線的な削減経路をたどる場合の各年度における削減率と定義しています。なお、NDC水準はパリ協定に基づいて締約国が国連に提出する目標のことで、日本は2013年度比で2030年までに46%削減、さらに50%を目指すというものです」

■脱炭素への代替手段が、現在、技術的・経済的に存在しない産業分野への対応について
「世界の脱炭素化にとって、脱炭素への代替手段が、現在、技術的・経済的に存在しない産業分野の取組が重要です。特に製造プロセスにおいてCO2が必然的に排出される鉄鋼、化学、紙パルブ、セメントなどの多排出製造分野については、脱炭素技術の研究開発とともに、省エネ・エネルギー転換などの設備投資を同時に行う必要があり、環境改善効果が現われるまでに一定の時間がかかります。このような中で多排出製造事業者は、成長と排出削減の取り組みを開始していて、このような積極的な投資と削減に向けた行動を促進することが、GX-ETSのねらいともいえます。多排出製造事業者の取組の困難さと、トランジションに向けた投資の重要性は、国際的にも理解が深まっています。日本は、国際基準に準拠した基本指針や分野別ロードマップの策定など、トランジションファイナンス促進に向けた環境整備を行うとともに、国内外への発信も行っています。金融機関や機関投資家にとってみると、多排出製造事業者への資金供給は、一時的には自らの投融資先の排出量が増えてしまうために資金供給を躊躇する事例もあり、金融機関が積極的に資金供給できるよう、制度面での対応をしていく必要があります。こうした状況の中で、多排出製造事業者がGX-ETSに参加して、自らの目標を設定し公表した上で、GXに向けた技術開発や投資を果敢に行うことは、リーダーシップのある行動であり、その公表された情報については、一定のリテラシーをもって評価・活用することが必要です。経済産業省と多排出事業者などが協力して、日本経済における多排出製造業の重要性、脱炭素に挑戦することの困難さと意味合い、イノベーションやトランジションに向けた取組状況などを、金融機関、機関投資家、その他のステークホルダーとの対話を行うことで、理解促進を図っていくことが重要です。また、GXダッシュボードで公表する情報についても、経済産業省が、情報活用側のリテラシー向上の取り組みを行い、企業分析や評価を行う情報活用側に適切な産業特性の理解を促していきます」

「GX推進に向けて今後取り組みたいこと」をテーマにディスカッション

ディスカッションの様子

野村ホールディングス サステナビリティ推進室ヴァイスプレジデント 濟木ゆかり氏
パナソニックオペレーショナルエクセレンス 技術部門イノベーション推進センターパナソニックラボラトリー 宮下航氏
東京ガス 総合企画部 エネルギー・技術グループグループマネージャー 岩田哲哉氏
経済産業省 産業技術環境局 環境経済室長 梶川文博氏
モデレーター:GXリーグ設立準備事務局 上地浩之氏

上地:GXリーグのプレ活動がスタートした2022年度を、まずは振り返ってください。

梶川:ちょうど1年前に、GXリーグの基本構想を発表したわけですが、本当に企業から賛同してもらえるのか不安だったんですよ。さまざまな企業の思いを受け止めながら、ここまで活動してきました。今の状態を昨年は想像できなかったので、その意味ではいい取り組みをしてきたと思います。当時、不安なことが3つあって、そのひとつが、企業のリーダーシップをどう引き出すかということでした。ですから、多くの企業に手を挙げてもらったのはうれしい驚きで、企業のリーダーシップが強いことを実感しました。2つ目の不安が官民でのルールメイキングに対する反応でした。通常のルールメイキングは審議会などで行うので、それで十分ではないかという指摘もありました。しかし、このルールメイキングは制度や法律を制定する前の段階のもので、政府が前に出すぎても、企業だけでもうまくできません。微妙なバランスが求められるので、どうなるか不安でしたが、ここまではいい流れになっていると思います。3つ目がバックキャストです。政策はなかなかバックキャストでつくらないので、2050年というかなり先の将来を踏まえて、今の政策をつくるのはやはり不安でした。

上地:続いて、第2回GXスタジオで話していただいた東京ガスの取り組みにも触れながら、岩田さんにお願いします。

東京ガスの岩田哲哉氏

岩田:カーボンニュートラルに向けての基本的な考えは、トランジションとイノベーションの両輪で進めるということです。2030年までは天然ガスなどの低炭素なエネルギーを徹底的に高度に活用します。それと並行して、ガスや電気のイノベーションを行います。電気では洋上風力などの再生可能エネルギーを用い、ガスの脱炭素化では、化石燃料を使わない合成メタンの開発にチャレンジしています。eメタンとも呼ばれる合成メタンは、再生可能エネルギーなどからつくった水素と、空気中などから回収したCO2をメタネーションという反応でつくるものです。2030年には供給する都市ガスの1%をeメタンにしたいと考えています。企業がScope1から3の排出削減に取り組むのはもちろん大切ですが、社会全体の排出削減への貢献、脱炭素に向けたイノベーションへの取り組みや投資も重要で、それらを含めた5つのポイントへの評価が必要です。また、それらの評価をわかりやすく表わすことも大事です。その点でGXダッシュボードに期待しています。

上地:宮下さん、濟木さんはいかがですか。

パナソニックオペレーショナルエクセレンスの宮下航氏

宮下:未来洞察の取り組みを進める中で、未来と現実のユーザーとのギャップをどう埋めるかが課題として挙げられます。未来に向けた活動や生活を始めた人や地域はすでにあって、そういうエクストリームな取り組みを体験する活動が必要と考えています。

濟木:GX 経営促進ワーキング・グループの79社の中には、自社の「機会」面につながる取り組みを評価してほしいという事業会社と、評価したいけれども情報を取るのが難しいという評価会社や金融機関があり、さらには事業会社の間の取り組みや意識にもギャップがあります。そこで、ワーキング・グループでは、当初は評価軸をつくることを考えておりましたが、セクターが異なる多くの企業が参加する中で、この短期間で一律の評価軸の作成は難しく、まずはより多くの情報を開示してもらい、評価しやすい素地をつくるという考えにシフトしました。今回、幹事企業として参加させていただくにあたり、私たち野村グループでは部門横断チームを社内に作り、各部門の多様な視点に基づいてワーキング・グループの議論、運営に貢献してきました。

上地:GXの社内への浸透が難しいという話をよく聞きます。野村グループ内の部門横断チームづくりはいかがでしたか。

濟木:簡単ではなかったかもしれませんが、お客様のGXへの関心が、ここ数年で急速に高まっていたことが、社内連携につながったと思います。

上地:気候変動対策に取り組んでいる企業をきちんと評価することが重要で、企業にとっても関心事だと思います。評価する上で重要なポイントには何があるでしょうか。

岩田:見るポイントは先ほどの5つですが、それを客観的な数値にするのが難しいですね。誰が見ても納得できるものにもっていくのが、難しいハードルだと思います。

上地:濟木さんからも指標づくりは難しく、いったん諦めたという話がありました。

濟木:さまざまなセクターの企業が参加している中で、約半年間で指標をつくることは難しいと考えたわけです。とはいえ、この流れは守りたいということで、業界団体や国際的なイニシアチブでのルールづくりを期待するということを、ガイダンスにどのような形で入れられるかを検討しています。

上地:リスクだけではなく、機会の開示という話がありました。機会とはどういうものを想定されているのでしょうか。

濟木:ガイダンスでは、機会とは何かという定義を明文化する予定です。また、機会として想定される項目の一つとして、ガイダンスの中で削減貢献量を取り上げますが、削減貢献量を開示する際の推奨する記載事項、つまり、ベストプラクティスのようなものの記載を考えていて、WBCSDの削減貢献量のガイダンスよりも厳しくない形で、こんなことを開示すると評価されやすいですよ、というようなものにしてはどうかと、今議論しているところです。

梶川:機会の開示は、排出量のリスクだけでなく、イノベーションや製品の持っている機会をしっかり開示し、それにお金を流そうというTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の議論から始まっていて、それを日本のイニシアチブとして打ち込みました。ですから、機会の評価のフレームワークを日本からつくっていこうという流れが、機会の開示の議論の根底に実はあるんです。

上地:一方で、生活者の意識を変えることも必要だと思います。そのためには、どういったアプローチが必要なのでしょうか。

宮下:中央集権型から自立分散型になっていて、地域で自主的にいろいろなことをやっていくことが求められるようになっていて、自分たちでつくる、変えていくという未来像が生まれています。私たちも、製造して売り切りというこれまでのビジネスモデルから、デザインを変える必要があると感じています。

梶川:GXは1社ではできないことが多く、政策サイドだけでできることも多くありません。企業と政策サイドが信頼関係をつくることが必要です。GXの推進にあたって、企業ではいろいろな悩みが生じることもあると思うので、そういうときにはぜひ、相談していただきたいと思っています。


梶川氏は、「GXは、ビジネスも政策も信頼関係をベースに動かしていくことが必要。さまざまな形でコミュニケーションを行いながら、企業との関係を築き、GXを加速させていきたい」と力強く述べ、第2部を締めくくりました。