GXリーグでは、2050年のカーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて、GXに挑戦する企業が外部から正しく評価され成長できる好循環社会をつくるべく、さまざまなルール形成の促進を目指しています。
そのひとつが、さまざまな業界から集まった賛同企業とともに活動する「GX経営促進ワーキング・グループ」です。この取り組みの意義や目指す姿について、経済産業省の中山竜太郎氏と、野村ホールディングスの濟木ゆかり氏が語り合いました。
脱炭素への貢献が適正に評価されるために
中山: GXリーグでは、参画企業と事務局が一体となってルールの形成を進めています。なぜ、こうした取り組みを行っているかというと、日本の企業にルールの形成を促したいという思いがあるからなんですね。気候変動関連分野では、NGOやNPO、民間企業連合など、民間でのルール形成が先行しています。その動きが、特に欧州などで加速していて、今後、日本の企業が市場を獲得していくには、ルール形成能力を高めることが避けられなくなっています。
濟木:企業による気候変動の取り組みというと、どうしてもGHG排出量の削減がフォーカスされがちです。各社がネットゼロを宣言し、Scope3を含む自社の事業に伴うGHGの排出量をいかに減らすかといった点に、かなりのコストと労力をかけています。それももちろん大切ですが、単に排出量の多寡、つまりリスク面だけで、企業を評価するのはやはり限界があります。社会全体の脱炭素化に寄与する製品やサービスの開発と普及にいかに貢献しているかを評価し、次のイノベーションを促進することが重要ですね。
中山:そのためには、脱炭素製品やサービスを通じた市場獲得といった機会面に着目した評価の仕組みづくりが必要です。
濟木:そうです。現状では、脱炭素化に貢献し得る省エネ製品を開発しても、売れば売るほど製造業のScope3の排出量は増えてしまい、評価がマイナスになるという、おかしなことになっています。また、今後も人口増加や経済発展が見込まれる新興国や途上国でこそ、省エネ製品の普及が必要なのですが、先進国に比べてGHG排出係数が大きいために、省エネ製品であっても販売するほどScope3は増えてしまうわけです。
中山:こうした矛盾を解消して、企業の取り組みを適切に評価することが必要ですね。日本が目指す環境と経済の好循環、脱炭素と成長の両立を進めるという点でも必要なことといえます。
濟木:省エネ製品の開発、普及を通じて、社会全体のGHG排出量の削減に貢献しているのに、そうした企業が評価されにくいという現状は変えなければなりません。脱炭素に取り組んでいる企業が評価され、投資を受けて、さらにイノベーションが活発になるという「正のスパイラル」をつくることが求められているわけです。
中山: GXリーグの経営促進ワーキング・グループは、まさにそうした課題意識の中で、日本企業が市場を獲得するための重要なテーマとして立ち上げたものです。野村ホールディングスさんにも、リーダー企業の主幹事としてワーキング・グループで活動していただいています。金融機関でも、GHGの排出削減貢献といった社会的なインパクトに関連する項目や、特許などの将来的な収益に関する情報を企業評価に組み入れるといった動きが出てきていますね。
濟木:はい。機会の評価に目を向ける金融機関が確実に増えています。
脱炭素社会に向けた金融機関の取り組みとは
中山:ところで、GHGの排出量削減に向けて、濟木さんたちは金融機関としてどのような取り組みを具体的に進めているのですか。
濟木:ワーキング・グループでも重視しているように、リスクと機会のどちらかにフォーカスするのではなく、両輪として進めることを基本にしています。リスク面での対応では、事業所から排出するGHG排出量のScope1、2については、2030年までにネットゼロ、Scope3のカテゴリー15にあたる投融資ポートフォリオのGHG排出量については2050年までにネットゼロを目指しています。また、事業を通じた取り組みでは、野村グループの営業、ホールセール、インベストメント・マネジメントという3つの部門が横断的に連携し、多様な切り口で国内外のお客様のサステナビリティの取り組みをサポートしています。
中山:新たな取り組みもあるんですか?
濟木:はい。インベスト・マネジメント部門である野村アセットマネジメントでは、企業の気候関連機会を評価するために、削減貢献量を含むGHG吸収量を日本企業のESG評価に反映し始めています。GHGの吸収活動に積極的に取り組み、その吸収量を開示する日本企業が増える中で、投資家の評価に吸収量を組み込んでほしいとの声を受けて始めたものです。省エネ製品を売れば売るほど企業のScope3が増えるという課題に対応し、Scope1から3の排出量評価に加えて、社会全体の脱炭素化に貢献している企業の努力を適切に評価したいと考えています。
中山:企業の気候関連機会への関心は高まってきているといえそうですね。他の部門での取り組みはいかがですか?
濟木:ホールセール部門のインベストメント・バンキングでは、これまでも国内外の多様なサステナブル・ファイナンス案件をサポートしてきましたが、2022年9月にサステナブル・ファイナンス部を新設し、体制を強化しています。たとえば、グリーンボンド、サステナビリティボンド、トランジションボンドなどの引き受けや販売を担うことで、お客様のグリーントランスフォーメーションに、資金調達の面で協力できると考えています。ワーキング・グループでの議論が想定されている削減貢献量などの機会の項目についても、今後サステナブル・ファイナンス案件に活用できる可能性があるのではと期待しています。
中山:ご紹介いただいたような取り組みが進んでいる中で、機会に関する項目については、開示に関する統一的なルールがないということが、金融機関と事業会社に共通する悩みになっているといえます。
濟木:その通りです。各社の開示内容を分析して評価する側としては、開示ルールがバラバラでは分析する時間もかかるし、公平性にも問題が生じかねません。
中山:TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)でも、開示項目として機会に関する事項が挙げられていますが、Scope1から3の排出量評価に比べると、具体的な議論が進んでいません。機会に関する項目の開示方法について、金融機関と事業会社で一定の合意形成を図ることが、ワーキング・グループの意義と考えています。
79社参加のワーキング・グループの大きな役割
中山:脱炭素を成長につなげるという観点では、ルールの形成は非常に重要なポイントであり、ワーキング・グループの役割も大きいといえますね。
濟木:そうなんですが、参加企業が79社と多く、セクターも多岐にわたっています。しかも、各セクターの業界団体などで詳細なガイドラインがすでにできているので、セクターを超えた統一のルールづくりはなかなか難しい作業ですね。
中山:大変な作業だと思います。
濟木:そこで、まずは「気候関連の機会」とは何なのか、なぜ、機会を評価することが社会全体の脱炭素化につながるのか、といった点について共通認識を構築し、参加企業が合意できる開示ルールをつくっていきたいと考えています。
中山:ワーキング・グループには79社が参加しているので、意見もさまざまですよね。
濟木:でも、さまざまな意見があるのは当然なので、それを前提として積極的に議論したいと考えています。その中で、評価を行う投資家側の意見もいただいて、多面的で実践的な議論をするように工夫しているところです。私たち野村ホールディングスも、幹事企業として経済産業省や参加企業の皆さんと丁寧に対話しながら、誰にとっても実効性のある成果を出せるように、ワーキング・グループの運営にコミットしています。
中山:私たちも、ワーキング・グループに参加の皆さんと同じ課題意識で、ルールづくりに取り組んでいるところです。同時に、海外も見据えて活動することが大切とも考えています。
濟木:日本発のルールづくりを世界に発信していくというGXリーグの趣旨にも合致しますが、ワーキング・グループでは、日本発を意識しすぎてガラパゴス化しないように、海外の先進的な事例なども参考にし、グローバルなイニシアティブとも積極的に連携しながら、海外発信を行っていきたいと考えています。
中山:ワーキング・グループで課題意識を共有し、それをGXリーグの外に、さらに海外へも広げていくということですね。経済産業省も一緒に議論し、一緒に情報発信していきたいと思います。
濟木:各企業が自社の排出量削減の努力を継続していくのはもちろん、気候変動にチャレンジし、それをビジネス機会としていくような取組みをサポートすることで、受け身ではなく積極的に気候変動に立ち向かえる社会を目指したいですね。
中山:これまでのルールづくりでは、国の審議会で検討したりすることが多かったので、時間がかかっていましたが、今回は、スピードを重視した取り組みで、非常にチャレンジングだと思っています。ワーキング・グループでアウトプットを出して、ルール形成に意識が向いていない企業に、ルールを形成すると市場の獲得につながるということを示したいですね。その意味でもワーキング・グループの存在は、本当に重要です。
濟木:GXリーグ内外の企業が、適切な評価を受けながら脱炭素化に進めるよう、ワーキング・グループが一丸となって、開示のルールづくりに取り組みたいと思っています。
中山:引き続きよろしくお願いします。